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自意識過剰な生活

「私が楽しくて充実した人生」を送るための毎日

「スクラップ・アンド・ビルド」羽田圭介

やっと読めた。これも図書館で今年の1月くらいに予約したもの。新刊だし買うことも考えたけど、内容が祖父と孫の介護を巡る話と聞き、重そうな気がしたので借りることにした。

 

スクラップ・アンド・ビルド

スクラップ・アンド・ビルド

 

 

私も同居していた祖母がいたので、状況はよく分かる。といっても実家にいたのは高校生まで。記憶にある祖母は自分で生活できていて、裁縫をしたり料理をしたりご近所さんとおしゃべりしたりと元気だった。高齢になり目が悪くなって裁縫をしなくなった。好きだった読書も減っていった。歩く時間も減っていった。風邪をこじらせて1週間の入院から帰ってきたら認知症が進んだ。ほんとに入院で歩いたり着替えたりお風呂に入ったりする機会を奪われると、一気に人間は弱る。この本に書いてある、足し算の介護は人をダメにするってのは本当。入院する度に、確実に弱る。

そして認知症になっていく姿を身内が見るのはすごく辛い。大好きな母親のボケた姿を一番見たくなかったのは息子である父だろうな。私も自分の親が認知症になるのは見たくない。自分の両親が何度も同じことを言ったり、薬を飲み違えたり、ひとりでお風呂もトイレも行けなくなるなんて思いたくない。そういう思いがあるから、介護する上で、身内の中でも子どもの立場だと一番当たりがキツくなるし精神的にも辛いものがある。

 

予想通り、祖母のことを思い出し、両親の今後のことを心配になり、重い気分になった。ただ、孫の健斗のように被介護者に対する優越感は抱いたことはない。想像はできるけど、実体験はしない感情だった。健斗と私との大きな違いは、幼少期から祖父母と一緒に生活していたかどうかな気がする。私は同居していたので、小さい頃からの思い出がある。一方、健斗は社会人になってから親族の事情で引き取ったので、祖父に対する思い入れや思い出がないのだろう。小さいときからずっと一緒だと、ずっと自分の面倒を見てくれた人が弱って行くのを目の当たりにして、逆にそんなはずない、ありえないと思いたい気持ちになる。こういう気持ちは一言で何て言うんだろうか。。

 

介護問題も考えないといけないお年頃になりますね。